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CHAPAWONICA BLOG ~らぶ&ぱぽぷ~

CHAPAWONICAの生命活動BLOG♡

今までの全部ムダでもいいよ

 

大好きなバンドくるりの歌の歌詞の一節が頭をループしてる

 

たったひとかけらの勇気があれば

ほんとうのやさしさがあれば

あなたを思う本当の心があれば

僕はすべてを失えるんだ

 

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最近、大好きな人とのお別れが二連チャンでありました。

数年ぶりに完全に「ひとり」の自分を味わっています。
自分の居場所だったところに、もう帰れないということ。自分で選んだくせに、ちゃんと寂しさも悲しさもたくさんこみ上げてきて、これでもかって泣いた。「手放すという愛」についてあんなに考えていたのに、まだまだ手放せるのねと驚く程に。

 

はっきりと関係に終わりを告げてくれた彼。もう何も与えることができないし、受け取ってももらえない。愛しているよ、祈っているよ、ということすら伝えることができない。今までの数年間はなんだったんだろう?わたしってなんなんだろう?あの時別れていなかったら?わたしがもっと我慢できてきたら?・・・心のすきまに後悔の連続パンチが押し寄せてくる。

 

でも、わたしの心はもうわかってる。なにかを我慢しあう関係はいつか破綻する。
わたしはもう、自分を一番大事にするって決めたから「我慢する」なんて選択肢はなかったよね?すべての流れが離れることが自然だと言っている。もう時間はもどらない。

 

モウワカッタヨーカミサマー

 

降参。それで「おわり」を受け取った時にはじめて、彼が生きていてくれるだけでいいと思えた。わたしとの関係がここで終わっても、もう死ぬまで会えなくても、どこかで幸せに生きていてくれたら、いや例え死んでも、勝手に愛していよう。誰にも見つけてもらえなくても、私だけはわたしの気持ちを見届けよう。いいじゃん、いいじゃん。そんな気持ちになった。もし「運命」みたいなものがあるとしたら、その言葉が無意味になるレベルで自分を生きてみた先に、どんな「運命」に出会うのかと考えてみる。

 

今までの「でもいつか想い続けていればうまくいくかもしれない」なんて、希望みたいな見返りを求めていたわたしの愛は、キレイさっぱりムダになったのだった。

 

前に大好きな人がわたしにくれた言葉

「今までの全部ムダでもいいよ」

すごくやさしい言葉

 

悲しいことに今までの全部がムダで、

嬉しいことにこれからも全部ムダでもいいよ!!

 

本当は全部ムダでもいいんだ。意味なんて本当はない。愛はどんどん溢れて尽きることはないとわかっているのに、どうして返して欲しいって思っちゃうんだろう?

 

「付き合う」とか「別れる」とか「愛」とか「恋」とか、文字に収まる情報と、文字に収まりきらない感情でめっちゃ揺れ動いたここ半年。だれかを好きな気持ちだったり、愛してるという気持ちだったり、言葉の枠を越えて確かに自分の中に存在している気持ち。その存在を信じる気持ち、それに反して、言葉を失った関係のなんと脆いことか?二人が同時に信じていないと、二人の間の愛情は成立しない。言葉を失った瞬間に、あったはずの気持ちも消えてしまうこともある。わたしは例え独りでも、その名前のない感情を視る勇気があるんだろうか?

 

ひとりになることは、ハダカのままの自分に還っていく感覚

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好きな人と過ごす時間がめっちゃ大切だったわたしは、ひとりになって立ち止まる機会をもらった。

 

まゆはどうしたいの?

まゆはどうしたいの?

まゆはひとりだとしたら、どうしたいの??

そんな声が聞こえる

優しさに満ちたとても厳しい声

 

思えば住む場所や行きたい場所も、相手の存在ありきで考えていることも多かった。わたしはどこで、誰と、何をしたいんだろう?改めて考えてみる。彼とお別れして、住むおうちもなくなってしまった。さて、わたしはどんな場所に行きたいの?現在移動の多い私は、住むための家はピンと来ないけど、絵を描くアトリエは欲しいなあ♡という気持ちが湧いてくる。そこでさっそく、アトリエ募集の記事を書いた。

【まゆのアトリエ募集】@関東近郊 - CHAPAWONICA BLOG ~らぶ&ぱぽぷ~

ありがたいことに、たくさんの人が声をかけてくれて、いまアトリエ探索ツアーの真っ最中です。本当にありがとうございます!!まだまだ募集しています♡

 

住む家や街もその時の状況で変わっていく。誰かと一緒にいる前提は、時にものすごく安心で、時に人生から冒険を奪う理由になる。誰かの為に、一番大事な自分の願いをいとも簡単に諦めることもできる。誰かと一緒にいる幸せももちろん素敵だけど、自分にはまだまだ見てみたい景色がいっぱいあることを思い出す。

 

誰かと一緒にいることで「一人でも見たい景色が自分の中にある」という事実から
逃げていたんだな

まじで、ダサいなわたし

だから大好きなあなた、わたしを突き放してくれてありがとう

大好きすぎて一緒にいたくて、自分を置き去りにしている私に

気づかせてくれてありがとう

そんな感謝の気持ちもやってきた

わかんないねーーーー!こんな気持ちになるなんてさ!!

 

 

自分の純度について考える

自分の大好きを尖らせていくってことは
まあまあ好きとお別れするということ

大好きになることは、大嫌いが増えていくことで
純度があがるほど、あいまいだった境界線が濃度を増していく

そこそこがなくなって、ごまかせなくなる

それを選んでいく覚悟、まじであるの?

 

「大好き」を選ぶって、その怖さも弱さも大嫌いもぜーーーんぶまるごと愛する覚悟

無数の選択肢を前に、改めて自分のまんなかに問う

 

寂しくならないの?と彼は言った

大好きを追求していく世界は寂しいのかな?
今のわたしにはまだわかんない

それは孤独に見えるのかもしれないけど
自分の真ん中の、ピュアで透明な部分に近づいていくんであれば
もはや孤独でもいいって思う自分がいる

自分が自分と一緒にいれるのであれば、喜んで孤独になりたいよ

 

でも、そんな純度が高い自分が選んだ先のまだ見ぬ世界には
同じ大好きを共有しあえる人がいるはずって思ってる自分もいる

それは行ってみなければ永遠にわからない世界

つべこべ言わずやってから考えよう

 

 

らぶ&ぱぽぷ♡

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